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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)7044号 判決

原告 株式会社大富士総合リース

右代表者代表取締役 石田道雄

右訴訟代理人弁護士 大林清春

同 池田達郎

同 白河浩

被告 鷹岡株式会社

右代表者代表取締役 鷹岡通夫

右訴訟代理人弁護士 水谷昭

同 金子健一郎

同 細田良一

右三名訴訟復代理人弁護士 片岡義広

主文

一  被告は、原告に対し、金一二一九万一六〇〇円及びこれに対する昭和五四年二月二一日から支払済みまで日歩四銭の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的)

主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言

(予備的)

1 被告は、原告に対し、金九八〇万円及びこれに対する昭和五四年三月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は被告との間で、昭和五三年一二月二〇日、左記の条件でリース契約(以下「本件リース契約」という。)を締結した。

(一) 原告は、東京芝浦電気株式会社製コンピューター「TOSBACシステム一五モデル四〇」一式(以下「本件コンピューター」という。)を東京オフィスコンピューター株式会社(以下「東京オフィス」という。)から購入して被告にリースする。

(二) リース期間は借受証発行日から六〇か月とする。

(三) リース料は月額二一万〇二〇〇円とし、現金で各月毎に先払いするものとし、第一月分は借受証発行日に第二月分以降は各月の借受証発行日の応当日にそれぞれ支払う。

(四) 被告は、本件コンピューターの引渡しを受けたときは、これを検査したうえ、借受証を原告に交付する。

(五) 被告は、借受証を原告に交付したときから本件コンピューターを使用することができる。

(六) 本件コンピューターの規格、仕様、性能、機能等に不完全その他の瑕疵があったときは、被告は直ちに原告にこれを通知し、借受証にその旨を記載するものとし、被告が、これを怠ったときは、本件コンピューターは完全な状態で引渡されたものとみなし、被告は以後一切の苦情を申立てない。

(七) 被告がリース料の支払いを一回でも遅滞したときは原告は通知催告を要しないで、リース料の全部について即時弁済を請求できる。

(八) 被告は、本件リース契約による原告に対する金銭の支払いを怠ったときは、日歩四銭の割合による遅延損害金を支払う。

2  被告は、昭和五三年一二月二〇日原告に対し、東京オフィスを通じて、本件コンピューターの引渡しを受けた旨の借受証(以下「本件借受証」という。)を提出した。

3(一)  本件リース契約は、いわゆるファイナンスリースであって、原告は、被告と東京オフィスとの間で合意された売買条件に従い、被告に代わって本件コンピューターを購入し、これを被告にリースするにすぎず、その引渡しも直接東京オフィスから被告になされるのであって、本件リース契約の実質は被告に対する本件コンピューター購入代金の融資である。従って、本件リース契約を典型契約たる賃貸借契約にあたるものであるとして、原告が被告に対し、本件コンピューターを引渡す義務を負うものとみるべきではなく、原告は東京オフィスに本件コンピューター購入代金を被告に代わって支払う義務を負うにとどまるものである。

(二) そして、原告は、昭和五三年一二月二七日、東京オフィスに対し、本件コンピューター購入代金九八〇万円の支払いのため、額面同額、支払期日昭和五四年三月二〇日とする約束手形を振出交付し、右支払期日にこれを決済して原告の右義務を履行した。

4  仮に、原告が被告に対し、本件コンピューターを引渡す義務を負っていたとしても、昭和五三年一二月二〇日前記のとおり、被告から原告に対し本件借受証が提出されたため、原告は、被告に対し本件コンピューターの引渡しがなされたものと信じ、前記3(二)記載のとおり、東京オフィスに本件コンピューターの購入代金九八〇万円を支払ったのであるから、被告に対し現実に本件コンピューターの引渡しがなされていないとしても、被告が自ら提出した本件借受証の記載に反して引渡しがない旨を主張してリース料の支払いを拒むことは、信義則、禁反言の法理又は民法九四条二項に照らし許されない。

5  被告は、第一回及び第二回リース料を支払ったものの、昭和五四年二月二〇日に支払うべき第三回リース料の支払いをしない。

6  仮に、本件リース契約に基づく請求が認められないとしても、

(一) 被告は、昭和五三年一二月二〇日頃ないし同月二二日頃、本件コンピューターが未だ製造市販されておらず、かつ、東京オフィスから引渡しを受けていないにもかかわらず、東京オフィスの求めに応じ、リース契約書及び本件借受証に記名捺印して東京オフィスに交付した。

(二) 東京オフィスから右リース契約書及び本件借受証の交付を受けた原告は、本件借受証によって、被告が本件コンピューターの引渡しを受けたものと誤信し、東京オフィスの求めに応じて同社との間で本件コンピューターの売買契約を締結し、前記3(二)記載のとおり東京オフィスに対しその購入代金九八〇万円を支払い、よって同額の損害を被った。

(三) リース契約においては、借受証はリース会社がリース物件の引渡しを確認するための重要な書面であって、この借受証によってリース物件の引渡しを確認したときには、リース会社は、リース物件の供給者に対してその購入代金を支払う義務を負うのであるから、被告において、本件コンピューターの引渡しを受けていないにもかかわらず借受証を発行するときには、東京オフィスがこれを悪用して、本件コンピューターの引渡しがなされたものとして原告にこれを提出し、原告から本件コンピューターの購入代金の支払いを受けて原告に同額の損害を与えることは容易に想像できるのであるから、被告は、借受証の発行を拒み、又は、原告に対し本件コンピューターの引渡しを受けていない旨事前に通知する等借受証の悪用を防止すべき注意義務があるものというべきところ、前記のように被告は漫然と本件借受証を発行し、何らその悪用を防止する手段をとらなかったものであって、被告の右行為は原告に対する不法行為を構成するものである。

7  よって、原告は被告に対し、主位的には本件リース契約に基づき残リース料合計一二一九万一六〇〇円及びこれに対する期限の利益を失った日の翌日である昭和五四年二月二一日から支払済みまで日歩四銭の割合による約定の遅延損害金の支払いを求め、予備的には被告の不法行為に基づき、九八〇万円及びこれに対する損害の発生した日である同年三月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は否認する。

2  同2の事実は否認する。

3  同3(一)は争い、(二)の事実は知らない。

4  同4の事実のうち、原告が、本件借受証の提出により被告に対し本件コンピューターの引渡しがなされたものと信じたことは否認し、その余は不知ないし争う。

後記のとおり、被告は、東京オフィスから本件コンピューターの発注及びリース契約締結の準備のために必要である旨告げられて、リース物件の表示等が未記入で不動文字部分の記載のみしかない借受証に記名捺印して東京オフィスに交付したものであるから、右借受証によって原告に対し本件コンピューターの引渡しを受けた旨の通知をする意思はなく、東京オフィスがこれを悪用して、そのような外観を作出したものにすぎない。

また、借受証の発行日は、リース開始日を定める重要な意味を持つものであるから、その記載は借受証にとって必要不可欠であるにもかかわらず、本件借受証は発行日が未記入であって信頼に値せず、被告の記名捺印は単なる準備のためになされたものであることが明白である。

さらに、原告が本件コンピューターの引渡しがなされたものと信頼したとしても、それは右のような発行日が未記入の本件借受証の交付を受けたことによるものではなく、昭和五三年一二月二〇日原告の銀行口座に被告名義で第一回リース料の振込みがなされたことによるものであるが、被告は、実際にはかかる振込みはしていない。

従って、被告が原告に対し、本件コンピューターの引渡しを受けていない旨主張することが、信義則、禁反言の法理又は民法九四条二項に反するものとはいえない。

5  同5の事実のうち、被告が第一回及び第二回リース料を支払ったことは否認し、その余は認める。

6(一)  同6(一)の事実は認める。但し、被告が記名捺印して東京オフィスに交付したリース契約書及び借受証はリース物件の表示等内容記載事項が未記入で不動文字部分の記載しかないものである。

(二) 同(二)の事実のうち、原告が本件借受証の交付を受けたことによって被告が本件コンピューターの引渡しを受けたものと誤信したことは否認し、その余は知らない。

前記のとおり、被告が本件コンピューターの引渡しを受けたものと原告が誤信したのは、第一回リース料の支払いがあったことによるものであるから、被告の行為と原告の損害発生には因果関係がない。

(三) 同(三)は争う。

三  被告の主張

1(一)  被告は、昭和五三年一二月一三日、東京オフィスとの間で、当時は未だ製造完成されていなかった本件コンピューターが製造完成された後に、これを東京オフィスからリース契約によって導入する旨の契約を締結した。

(二) 東京オフィスは、同月中旬ないし同月下旬頃、被告に対し、本件コンピューターが未だ製造完成されていないにもかかわらず、リース契約を締結すべきリース会社として原告を紹介し、リース物件の表示等内容記載事項が未記入で不動文字部分の記載しかないリース契約書及び借受証に記名捺印を求めてきた。その際、東京オフィスは被告に対し、本件コンピューターが製造完成されて原告から被告がその引渡しを受け、原告がその引渡しを確認し、さらに本件コンピューターに原告の所有である旨表示するステッカーを貼付した後に、被告と原告との間で正式にリース契約を締結することになる旨並びに右リース契約書及び借受証は本件コンピューターの発注及びリース契約締結の準備のためのものである旨説明した。そこで、被告は東京オフィスの右説明を了解し、その趣旨で右リース契約書及び借受証に記名捺印して東京オフィスに交付した。

(三) 従って、被告の右リース契約書への記名捺印は、リース契約を締結する確定的な意思表示としてなしたものではなく、また右記名捺印の時点で、本件コンピューターは存在せず、特定されていなかったのであるから、本件リース契約は成立の余地がない。

仮に本件リース契約が成立したとしても、右契約は賃貸借契約であるから、リース料すなわち賃料債権の発生には目的物の引渡しが要件となるべきところ、本件コンピューターの引渡しはなされていないから、リース料債権が発生する余地はない。

2  仮に、被告が不法行為責任を負うとしても、原告はリース業を主たる業務とする会社であり、リース取引に精通しているのであるから、事故を避ける手段を講ずるべきであり、ことに、本件については、借受証の発行日が未記入であること、本件コンピューターの検収は、通常六ヶ月程度を要するにもかかわらず、原告に東京オフィスから本件コンピューターのリース契約の引き合いがあった数日後に第一回リース料の支払いがなされ、東京オフィスから本件コンピューター購入代金の請求がなされる等の不審な事由があったにもかかわらず、検収に立ち会うこともなく、被告に引渡しの有無を確認することもせず、漫然と東京オフィスの請求に応じて本件コンピューター購入代金を支払ったのであるから、原告の右過失は、被告の損害賠償の額を定めるにつき斟酌すべきである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1(一)の事実は認める。(二)の事実のうち、被告が記名捺印して東京オフィスに交付したリース契約書及び借受証が、その日付以外の内容記載事項が未記入のものであったことは否認し、その余は知らない。(三)は争う。

仮に、被告主張のように被告がリース契約締結の準備等のために右リース契約書に記名捺印したものであったとしても、原告は右のような事情を何ら知らなかったものであるから、被告はこれを原告に主張できるものではない。

2  同2は争う。

借受証の発行日が未記入であっても、本件コンピューターの引渡しを確認するという借受証の意味を何ら損うものではなく、実際にも発行日が未記入のまま発行されることは珍しいことではない。

また、本件コンピューターを被告にリースするについては、そのソフトウェアは東京オフィスと被告との間で別途に契約することとなっており、ハードウェアのみがその対象となっていたのであるから、検収が即時になされても不自然ではない。

さらに、リース物件の引渡しに立会い、リース会社の所有である旨表示するステッカーを貼付するのは、ユーザーが倒産した場合等、リース物件の所有権の帰属について紛争が生ずることを防止する趣旨であって、リース物件の引渡し自体を確認する趣旨ではなく、リース料の支払能力につき不安のない被告について右ステッカーを貼付すべく本件コンピューターの引渡しに実際に立ち会う必要性はなく、本件借受証が存在する以上、さらに被告に本件コンピューターの引渡しを確認する必要性もない。

従って、原告に過失はなく、仮にあったとしても軽微なものにすぎない。

第三証拠《省略》

理由

一  まず、本件リース契約の成立について判断する。

《証拠省略》によれば、原告と被告との間で、請求の原因1(一)ないし(八)記載の各条項を内容とするリース契約書(以下「本件リース契約書」という。)が取り交されていることが明らかであり、《証拠省略》によれば、本件リース契約書が取り交された経緯は次のとおりであったものと認められる。

1  被告は、昭和五三年一〇月頃東京オフィス営業部長桐原正(以下「桐原」という。)の紹介で被告東京支店の事務処理のためコンピュータを導入することになり、同支店営業第二部所属の鷹岡章夫(以下「鷹岡」という。)がその交渉を担当し、同年一二月一三日頃、東京オフィスとの間で、当時は未だ製造販売されておらず、昭和五四年三月頃製造販売予定の本件コンピュータを月額二一万七〇〇円、期間五か年とするリース契約によって東京オフィスから導入する旨の契約を締結した。

2  その後、東京オフィスは、被告との間で本件コンピュータのリース契約を締結すべきリース会社として原告を選択し、原告からリース契約締結の承諾を得、昭和五三年一二月一八日頃、本件コンピュータの前記導入契約において被告と東京オフィスが合意した条件に従って、リース物件の表示等内容記載事項(但し、リース契約書については契約日及びリース物件の引渡予定日、検査期限を、借受証については発行日を除く。)がタイプで記入され、リース契約書については原告の記名捺印のあるリース契約書及び借受証各二通を原告から受け取った。

3  桐原は、未だ本件コンピュータが製造販売されておらず、かつ、被告に対する引渡しもなされていないにもかかわらず、同月二〇日前頃に、被告東京支店を訪れ、前記鷹岡に対し原告から交付された前記リース契約書及び借受証を示して被告の記名捺印を求めたところ、鷹岡はこれを承諾し、被告東京支店長の今井忠和が右リース契約書及び借受証に被告東京支店取締役支店長今井忠和名義の記名捺印をし、このうちの各一通を桐原に交付した。そして、東京オフィスは、同年一二月二〇日、右の各一通を原告に提出したが、被告は右リース契約書及び借受証が原告に提出されること自体は承諾していた。

以上のとおり認められる。証人鷹岡章夫は、同人が記名捺印を求められ、今井が被告東京支店取締役支店長名義で記名捺印したリース契約書及び借受証は、リース物件の表示等内容記載事項が未記入で印刷された不動文字部分の記載しかなく、リース契約書については原告の記名捺印のないものであった旨証言するが、そのような内容記載事項が未記入のリース契約書及び借受証について、原告が被告に対し記名捺印を求めること自体、さらには被告の鷹岡はともかくとして東京支店長の今井までが言われるままに記名捺印に応じるがごときは不自然であって、《証拠省略》に照らしにわかに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実、ことに本件リース契約書は、リース物件の引渡予定日及び検査期限が未記入であったものの、その余の点についてはリース契約書の記載として何ら欠けるところはなく、右引渡予定日等が未記入であった点についても、本件リース契約書とともに本件借受証が提出され、疑義を生ずるおそれは認められないことからすれば、原告は、東京オフィスを通じて被告に対し本件リース契約書を提示することにより本件リース契約締結の申込の意思表示をし、被告は、東京オフィスを通じて被告の記名捺印のある本件リース契約書を原告に提出したことにより本件リース契約締結の承諾の意思表示をしたものといわざるを得ず、してみれば、原、被告間において請求の原因1の(一)ないし(八)を内容とする本件リース契約が成立したものというべきである。

被告は、東京オフィスから本件リース契約書及び借受証に被告の記名捺印を求められた際、本件コンピュータが製造完成され、被告がその引渡しを受け、原告がその引渡しを確認し、さらに本件コンピュータに原告の所有である旨表示するステッカーを貼付した後に、被告と原告との間で、正式にリース契約を締結することになる旨並びに右リース契約書及び借受証は、本件コンピュータの発注、リース契約締結の準備のためのものである旨説明を受け、被告はその趣旨で記名捺印に応じたものである旨主張し、証人鷹岡章夫は右主張に副う証言をしている。しかしながら被告が引渡予定日の記入の点を除いてはすべて内容記載事項が記入され、かつ原告、被告双方の記名捺印がなされている本件リース契約書及び本件借受証を完成させ、その各一通を原告に送付されることを認識しながら東京オフィスに交付した以上、いまだ契約締結の準備段階であって、後日正式にリース契約を締結する趣旨であった旨の右証言部分は、通常のリース取引に照らし極めて不自然であってにわかに措信できず、被告が当時そのような認識を明確に有していたことは到底認め難いのみならず、仮に、被告が、本件リース契約書を提出しても、本件コンピュータが引渡されない限り、原告とのリース契約は成立しないものと安易に考えていたとしても、原告は、後記認定のとおり、本件コンピュータが被告に引渡されたものと誤信し、その購入代金として九八〇万円を東京オフィスに支払っているのであるから、被告の右のような内心の意思を知らなかったものと認められ、また東京オフィスの担当者である桐原の言動が被告の右のような内心の意思形成に何らかの影響を与えたとしても、東京オフィスがリース契約の締結について原告から代理権を与えられていたことを認めるに足りる証拠もない本件においては、右事情は本件リース契約の成否には影響を及ぼさないものというべきである。

また、被告は、昭和五三年一二月二〇日頃当時、本件コンピュータは存在しておらず、特定されていなかったのであるから、本件リース契約が成立する余地はないと主張し、当時本件コンピータが未だ製造販売されていなかったことは前示のとおりである。しかしながら、本件リース契約は諾成契約であるところの賃貸借契約の一種であると解されるところ、本件リース契約においては、目的物件は「東京芝浦電気株式会社製TOSBACシステム一五モデル四〇」としてその種類が特定されており、当時製作途上にあったものの、昭和五四年三月頃には製造販売予定とされていたのであり、かつ、被告は本件コンピュータの引渡しを受けたときはこれを検査して借受証を原告に交付し、リース期間は借受証発行のときから六〇か月とされていたことは前示のとおりであって、これらの事実に照らすと、本件リース契約はその目的物件の特定性に欠けるところはないし、当時目的物件が未完成であったことは契約の成立に影響を及ぼすものではないというべきである。

二  そこで次に、本件リース契約に基づくリース料債権発生の有無について判断するに、本件リース契約において、リース料は月額二一万〇二〇〇円の六〇か月とし、現金で各月毎に先払いし、第一月分は借受証発行日に、第二月分以降は各月の右借受証発行日の応当日に支払うものとされていたこと及び被告が本件借受証を発行し、これが昭和五三年一二月二〇日原告に提出されたことは前段認定のとおりである。

ところで、本件リース契約成立当時、その目的物件である本件コンピュータが被告に引渡されていなかったことは前示のとおりであるし、《証拠省略》によれば、その後も被告に対する本件コンピュータの引渡しはなされなかったことが明らかである。

この点について、原告は、本件リース契約上、原告が被告に本件コンピュータを引渡す義務はない旨主張する。なるほど、本件リース契約がいわゆるファイナンスリースであって、その実質が被告に対する本件コンピュータ購入代金の融資であることは前記認定の本件リース契約の内容及びその締結の経緯より明らかであり、このようなファイナンスリースの場合には、リース物件の引渡しはその供給者(サプライヤー)から需要者(ユーザー)に対し直接なされるのが通常であり、かつ、リース会社がその引渡しに立ち会わないことも決して珍らしいことではない。しかしながら、そのことから、ファイナンスリースにおいてはリース会社は需要者に対し、リース物件を引渡す義務を負わないとまでは到底いえず、ファイナンスリースであっても法律上はなお賃貸借契約の性質を有するものであって、本件リース契約についても、リース料は目的物件である本件コンピュータの使用の対価というべきであり、本件リース契約の内容とされた請求の原因1の(四)ないし(六)記載の借受証に関する各条項も右のような原則を前提にしているものと解されるので、原告の右主張は採用できない。

そして、以上見たところによれば、本件リース契約においては、リース料先払いの特約がなされていたのであるから、リース料債権は契約に基づいて一応は発生するものの、被告は、原則として、目的物件の引渡しがないことをもってその支払いを拒絶し得るものというべきである。

三  しかるに原告は、被告が本件コンピュータの引渡しを受けていない旨主張することは、信義則、禁反言の法理及び民法九四条二項に照らし許されない旨主張する。

《証拠省略》によれば、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  東京オフィスの専務取締役滝崎は、昭和五三年一二月二〇日、本件リース契約書ととともに、被告が本件コンピュータを借り受けた旨記載され、かつ被告東京支店取締役支店長今井忠和名義の記名捺印のある本件借受証を原告に示し、原告に対し本件コンピュータの代金九八〇万円の支払いを求めた。

2  借受証は、リース契約においてはリース会社がリース物件の引渡しを確認するための書類であって、原告は、右借受証によって、被告が本件コンピュータの引渡しを受けたものと誤信し、さらに、同日、被告名義で原告の銀行口座に第一回リース料として二一万〇二〇〇円の振込みがなされていることを確認したうえ、東京オフィスとの間で原告が本件コンピュータを代金九八〇万円にて買い受ける旨の売買契約を締結し、同月二七日、東京オフィスに対し、右購入代金の支払いのため、額面九八〇万円、支払期日昭和五四年三月二〇日の約束手形を振出交付し、右支払期日に右約束手形を決済して代金の支払いを終えた。

右認定事実及び前記一において認定した事実に基づいて考察するに、前記のように被告は、原告に提出されることを認識しながら本件借受証に記名捺印して、これを東京オフィスの桐原に交付したものであり、しかも、本件借受証とともに提示された本件リース契約書には、借受証に関して請求の原因1の(四)ないし(六)記載の各条項が明記されているのであるから、被告としては、借受証自体の性質を考え、また右条項を確認する等して、軽率に借受証を原告に交付すべきでないにもかかわらず、被告は桐原の求めに応じ漫然と本件借受証を交付したものであるといわざるを得ず、他方、原告は、本件借受証が提出されたことに基づき、本件コンピュータが被告に引渡されたものと誤信して、東京オフィスにその購入代金九八〇万円を支払ったものであり、ファイナンスリースにおいて、リース会社がリース物件の引渡しに立ち会わず借受証のみからリース物件の引渡しを確認することは、ファイナンスリースの性格、機能からみて不合理であるとはいえず、本件借受証については、その発行日が未記入ではあるが、本件借受証の本文中に本件コンピュータの引渡しを受けた旨の明確な表示がある以上、発行日の記載がないことのみから、引渡しが未了であるとの疑いをさしはさむことは困難であって、原告が、本件借受証から本件コンピュータの引渡しがなされたものと信じたことはやむを得ないものというべきであり、また、当時、本件コンピュータが未だ製造販売されていなかったことも前記認定のとおりであるが、仕事の性質上必ずしもコンピュータ業界に通じていないと思われる原告がこれを看過したこともまたやむを得ないことというべきである。

以上の事実関係に照らすならば、被告が自ら提出した本件借受証の記載に反し、本件コンピュータの引渡しがないことを主張し本件リース契約に基づくリース料の支払いを拒むことは信義則上許されず、かかる場合、目的物件の引渡しのないことはリース料債権の発生を妨げるものではないものというべきである。

四  請求の原因5の事実のうち、被告が昭和五四年二月二〇日に支払うべき第三回リース料の支払いをしていないことは当事者間に争いがない。よって、被告は同日限り期限の利益を失い、被告は五八か月分のリース料一二一九万一六〇〇円を一時に支払う義務がある。

五  以上によれば、原告の主位的請求は理由があるので、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原健三郎 裁判官 満田忠彦 山本恵三)

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